LDG展覧会企画募集
1997.03.??.
雑誌「AXIS 97.03/04」でここの展覧会企画募集の広告を見つける。いいかもしれないと思う。
1997.04.10.
ゼミ初日。ゼミの学生にこの展覧会の企画募集に出してみないかと勧める。4・5年生合わせて14人のタカマスゼミをこの展覧会チームとコンペチームに分けて7人ですすめさせることに。私は学生とは別に個人で出そうと思っていた。
1997.05.17.
ゼミの学生と東京に行ったついでに会場を視察してくる。このときは辻村さんの家具展を開催していた。いいときに行ったと思った。辻村さんはこのとき初めて名前を認識するが、どれも私好みな家具で、展覧会場の雰囲気づくりもすごくうまいと思った。
1997.05.22.
ゼミ生たちに会場視察の報告。
1997.06.05.
ゼミの学生は4年生中心で動きだしていたが、展覧会のテーマに困っていた。鳥取をネタにしてもよいのではとアドバイスする。何しろ展覧会の企画など初めての彼らに、余り難しいことをさせても空回りするだけだから、自分たちの特徴を生かすものがよいのではと思ったのだ。
1997.06.19.
学生たちは、砂丘にたつ住宅をいろんなタイプの人別に設計して、展示したいといいだした。会場には砂を敷き詰めて、そこに模型を展示するのだと。それで進めるようにいった。私は「ポケットパーク」いわば、「ポケット」をテーマに展示しようと決めた。
1997.06.28.
6/30の締め切りも大詰めを迎え、学生たちもばたばたと作業にとりかかり、私は私で、SDレビューの締め切りも7/1と迫り、2つを同時進行でそれぞれ学生に手伝ってもらいながらの作業でパニック。それでこのあたりから7/1夜中まで学校に缶詰状態の大徹夜大会となる。この歳になって、もうこんなこといやと思いつつも結構楽しんでたりする。
1997.06.30.
企画書は締め切りになんとか間に合ったが、プランがもうひとつ煮詰まってないと心残りだった。しかし、コンセプトはいけると思っていた。
1997.07.??.
提出からしばらくして、リビングデザインセンターOZONEから、一度お話したいと連絡が入る。ちょうど、SDの展覧会が9月10日から東京であったので、その時お会いしましょうということになる。学生の企画も私の企画も両方ともについてだった。
1997.09.09.
このときOZONE、そして環境計画研究所の方と話をする。この事務所はここの展覧会のお手伝いをされてるところだそうです。結局、学生と私と両方一緒の期間でお願いしますということになり、別の企画を同じ期間に同じ場所でというのもつらいので、もう一度企画内容は学生と相談しますということになった。このときだいたい1年後の夏休み頃ということで日程は決まった。
1997.09.18.
学生にはこのような事情で一つのテーマに絞りましょうと説明し、ポケットパークの企画を説明して、この内容で一緒にやらないかと説得する。意外にもみなすんなりと納得し、少しおもしろがってもくれて、ほっとする。
この後、ポケットパークですすめますとOZONEには連絡をいれて、しばらくほったらかしにする。
ゼミの学生たちには新たな課題が入って、それにかかりきりになる。私は自宅の実施設計と建築工事でそちらに集中する。
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1998.04.15.
ゼミ生も学年がかわり、新しいメンバーが入る、相変わらず大所帯で今年は15名。ポケットパークの展覧会を実施することを説明し、了解しておいてもらう。
1998.05.22.
家も竣工し、引っ越しして住み始め、そろそろ本腰いれて展覧会の準備をせねばと思いつつ、オープンハウスの準備などしており、LDCの方にも竣工のご報告のつもりで案内を入れたら、連絡が入る。正式日程がここでわかる。
1998.06.03.
ゼミでは、学生たちにも自分たちなりに考えてもらおうと、グループに分かれてポケットな空間や展示について考えてもらう。6グループで、今のものの原案ができる。
1998.06.12.
東京での展覧会のため、学生の個人費用で東京に行かせるには負担が大きいと親心をきかせて、学校に後援会の費用(クラブの遠征などに使う費用)でいかせてくれないかと掛け合う。実はそれまでにも地元の建築士会や事務所協会の方に後援してもらえないか打診するが、内容が鳥取と関係なければ難しいといわれ、断念する。
1998.06.1?.
また一度会場で打ち合わせがしたいと連絡が入る。6/29〜今度はフィリップモリスアートアワードの展示で東京に行くことになっていたので、そのとき打ち合わせすることに決まる。遠いと打ち合わせ一つも大変である。しかし、メールのやり取りと携帯電話とでずいぶん連絡がスムーズだった。しかし、現場に行こうとすると、やはり遠いのは不便だ。
また、この時リリース用資料の校正をいただく。翌日訂正してFax。
1998.06.24.
東京での打ち合わせまでにある程度形を把握しておきたかったので、学生たちにも一通り案をまとめてもらう。これがなかなかまとまらず大変だった。まとまらないというより、案がでなかった。
そういえば、後援会費用から学生の移動費用に10万円ほどでることになる。東京に行く人の人数で頭割りということにした。
1998.06.30.
リビングデザインセンター石渡さんと環境計画研究所の太田さん、増田さんとで打ち合わせ。展示物のだいたいの確認と、リリース用資料の最終確認、DMの内容相談、カッティングシート原稿の資料をいただく。それと、今後の日程の確認など。ああ、時間の無いことを実感して、あせる。それに結構楽しみにしてくれているのが、またプレッシャー。がんばらねば。
1998.07.07.
DM原稿を送る。最初メールで送ったがどうもちゃんと着かないらしく、結局データをFDにて郵送する。
1998.07.08.
これが夏休みまでの最後のゼミ授業。ここで、夏休み中の作業の段取りや、展覧会へくる学生の確認などをする。しかし、なんでわたしばっかり段取りとか調整業務とかばっかり、しかも学生は東京に来たがらないし、(金までとってきてやってんのに、どういうこっちゃ!)いい加減やつらはことの重大さがわかってないんじゃないかとむかついてくる。そりゃ、中には一生懸命やる人もいるが・・・。
1998.07.11.
いよいよ夏休み!初めは4年のぬいぐるみチームと、5年の洋服チームが作業。私も中に入って、要所要所でアドバイス。第一、作り方のわからない男の子たちにいきなりこんな大きなぬいぐるみを作ってもらうことになったのだから。洋服チームは女の子だけあって、ちょっと言ったらすぐわかってくれる。まつり縫いとか、返し縫いとか言っただけでわかる。それにミシンを持っている子もいた。一人暮らしなのに、私みたいなやつだなと思った。もちろん私のマイミシンも登場。
1998.07.13.
発砲スチロールも椅子用の大きな固まりとぬいぐるみ用の切れ端とずいぶん集めた。切れ端は発砲スチロール工場でもらってくる。もう1年以上前からのつきあいで、顔パスでもらえるようになった。この工場がなかなかおもしろい。どでかい工場の中が発砲スチロールで一面真っ白。これはすごい。アートだ。
1998.07.14.
搬送のための見積もりを運送屋にお願いする。
1998.07.16.
ここで、5年の天井に布かけるチームがひとりやってくる。布にアイロンをかける。
1998.07.20.
今日までの3日間が高専の中国大会で体育会系クラブ所属のものはこれが一大イベントになる。もちろん、ゼミの学生もこれが忙しくって、作業が遅れている人たちがいる。それに5年生で進路の決まっていない人たちも作業が遅れる。しょうがない。でも私が尻拭いすることになるのだ。運送の見積もりが出てきたら往復で16万円!!あほかーなめとんのかーと思いつつ、ブロック120個が高いと聞いてなるほどと思う。他の運送の方法を考えてみる。
1998.07.23.
洋服チームは実家に帰省する人もいるので、ここから家で作業することになる。4年生ぬいぐるみチームは毎日よく作業している。しかし、私に言わせると作業が遅い。でも慣れない男の子たちもミシンが上手になり、ぬいぐるみもずいぶんかたちになってきた。ここは洋裁学校だっけ?と思うような光景が当たり前になてきた。製図室一面糸くず、布の端くれ、発砲スチロールの削りくず。コンクリートブロックのチームがペイントを始めた。
1998.07.26.
ファサードのカッティングシート原稿をFDでデータを送る。とにかくシンプルにわかりやすいデザインとした。しかし、予算オーバー。ただでさえお金がないので、削るところを考えていたら、太田さんより、無理矢理予算内でやってもらうことにしましたとのこと。太田さんありがとうっ!
運送の他の手段を考える。トラックをチャーターして自分で運ぶ。しかしそれも高い。現地調達も考えてみた。しかし、ホームセンターなどあまりない現場ではそれも難しい。それに、結局帰りは運ばなくては、そこでは捨てられないとのこと。結局使わないことにしようと考える。でもすでに半分以上塗装済み。納入業者に塗ってないものを返品したいとお願いするが、いやがられる。かなりしつこく迫って、結局は返品させていただきました。その他、ベニヤ板(カット加工品)などの注文をする。
1998.07.29.
ぬいぐるみチームもほぼ完成を迎える。あと、このチームでつくっていた椅子を完成させたら終わり。あと片づけなどもしてもらう。
1998.07.30.
5年生はコンペの締め切りでサイバー室で大詰めの作業中。私は椅子の布貼りを手伝う。そこにプリンターの調子悪いと5年生がやってくる。ええー。いっつも締め切りになると問題起こるんだよね。ちょっと見てわかることならいいんだけど、これは明らかにすぐに直りそうにない。勘弁してー。私もゼミの作業で忙しいのだ。
1998.08.02.
展示プランの最終案をまとめる。4案ぐらい考えていたが、まずアプローチからの眺望、お客さんの導線経路、全体としてのまとまりなどを考え、現在のものに決める。みんな展示のことあんまり考えてくれてないから、私が結局まとめないといけないのよね。どうやって吊すとか、貼り付けるとか、ちゃんと考えないと、よい作品もよい展示しないと、よく見えないからね。今回はあまりよくない作品を、展示でいかによく見せるかをすごーく考えた。(学生たちはこの苦労わかってるかな?)展示用の銘板も私が作り初めて、みんなタイトルを考えてないことに気が付く。天井に布掛けるチームが一人来て、裁縫をしている。
1998.08.04.
いよいよ搬出まで一週間となった。実は3・4日で大阪に帰省していた。お盆は帰れないから、一応顔見せということで。クラブの全国大会に行ってた人が帰ってきて、4日から波板の机棚チームが作業をはじめた。私がいないこともあって、作業の段取りを置き手紙しておいた。
1998.08.05.
波板の机棚チームは作業を開始していた。アルミアングルに穴をあけ、塩ビ波板に穴をあけ、3枚一組で1800角の板をつくっていく。これらは現場で組み立てるので、取り外しが簡単な組立としている。毎日暑い中、扇風機のみの環境で学生たちは結構ハイになっている。クラブの強化練習のようにファイト、オーとかけ声を掛けながら作業していた。
1998.08.06.
波板チームはずいぶん詰めて作業していた。一気に終えるつもりのようである。天井に布をかけるチームに私の作業を手伝ってもらう。椅子をつくることと、壁面に掛ける布に転写をしてもらうことである。みんなの作業に気をとられて、私の作業がめちゃくちゃ遅れていた。
1998.08.07.
ここで実はまだほとんど作業していないチームが2つあった。私も過保護に、ケツを叩いて無理矢理やらすのもあまいと思っていたので、本人たちがやればそれでいいし、やらないなら出してやらないまでだと思っていた。が、本人達にしてみたら、個人の事情があった。それはそれでわかるが、それを理由にできないのも、本人の才能の限界なのだと思う。私はやると言ったら、どんな事情があろうとやらないとだめだと思う。そうやって、私もやってきたのだ。やれなかったときはそれなりに事情があったが、やっぱり私が悪いと思った。
1998.08.08.
人のことをあれこれ考える間も本当に無くなってきた。1日24時間完璧な時間構成をしないとどう転んでも間に合わない状態になっていた。私のカーテンの転写も、手伝ってもらってた学生には、きびしい作業のようであったが、とにかくやってもらうしかなった。どんどん転写して、私はそのネタをプリントアウトしつつ、ポケットをつけつつ、ポケットの内容物を用意しつつ、・・・。展示の最終確認やら、梱包、搬出の段取りなど、頭の中は展覧会のことでぱんぱんだった。それに作業してないやつら・・・。
1998.08.09.
とにかく無駄なことにいっさい労力を使わず作業する。しかし一方で頭の中では、展示としてもうひとつ面白味に欠けるということで頭を悩ます。だけど、そんなこと考えている余裕はない。決めた方向で作るのみ。
1998.08.10.
私の作業もずいぶん進んだ。逆にじゃまをする学生がいない分、作業が進む。手伝ってくれる学生はありがたいけど、作業の手を止める人はホントに困る。ここでちょっと先が見えてくる。
1998.08.11.
いよいよ、作業してなかった人たちが現れる。ぶちぎれそうになる私も結局いろいろ指導してやる。どちらにしても、今頃来て、どうしたらいいでしょうはないでしょう。もーしらん!明日搬出じゃ、ぼけ!ホントに知らないぞー。卒業生がやってきて、卒業生に愚痴る。
1998.08.12.
今日は搬出の日。夕方5時にトラックがくる。それまでにすべて梱包を終えておかないといけないのに、まだ溶接しないといけないものもある。本人はこない。昼になって見かねて、私が実習工場にお願いにいく。いつもながら、実習工場の方々には大変お世話になっております。その後本人から電話。医者通いで遅くなりましたとのこと。私って甘い。溶接は4時半におわり、それからあわてて梱包、もう一つのグループも手袋が乾いてないという状態で梱包。その途中でトラック到着。もうちょっと待って!端から積み込む間に梱包できてないものを急いで包んでしまう。ホントにもう。搬出は無事?終えて、ほっと一息。
1998.08.13.
実はポケットの内容物がまだ全部集まっていなかった。とりあえずいくつかはトラックにつみこんでもらったが、足りない物は手持ちで行こうと思っていた。さらにごみ捨て場へ拾い物しにいく。そういえば、物質工学科のT原さんには実験道具などおもしろいものをもらったり、貸してもらったりしていた。それをネタにいろいろ作る。サンキュー。
1998.08.14.
この日はなぜか朝5:00に目覚めて、暗い内から海岸へいった。拾い物をするためだった。さすがにだーれもいない海岸でひとり散歩して、ホントにどこかにさらわれて行きそうな感じだった。今晩、バスで出発。内容物の準備も大詰め。それに10日以上家をあけるから、家の(特に冷蔵庫の)片づけとか、荷物の準備とか、まだまだすることがいっぱい。英語科のA郷さんが駅まで送ってくれるとのこと。ありがとう!!おかけで時間がずいぶん助かるよ。冷蔵庫内のいらないものをあげた。
1998.08.15.
いよいよ東京にきた。いつもながら、こんなバスなのによく寝れる。バスの中で映画をするんだけど、半分ぐらい見た所でどうも寝たらしい。目覚めると、そこは首都高の上だった。さて、セッティングは10:00〜学生3人と作業開始。時間のかかりそうな波板と壁面の布貼りから始めた。ところが、波板のボルト穴があわない。ドライバドリルは持ってきたが、ドリルの刃は持ってこなかった。しょうがないから、東急ハンズまで買いに行く。とにかく波板の取り付けが思った通り進まず、手こずる。天井への取り付けも用意してきた金物が合わない。ここでもう一度作りなおす。また波板は4人でせーので同時にボルト止めしていくので、時間がかかってしょうがない。責任者でてこーいという状況だった。考案者本人はここにいないし、結局私が尻拭いする羽目に陥るのよね。そんなこんなで作業は夜の10:00になってしまった。夕方から学生1名は実習で事務所にいってしまう。そのかわりに同じ建築学科の西川氏が登場。ちょっと遊びにきたつもりでしょうが、しっかり最後まで手伝ってもらいました。ありがとう。
1998.08.16.
今日はビル全体が電気工事で休館。1日のオフで美術館めぐりをする。それでも、翌日のオープニングパーティに必要なものを東急ハンズで買い込む。いよいよ明日から。もうわすれものは無いか、何度も確認した。その日の晩は前の会社からの知り合いでlove the lifeという空間デザインの人たちに新作のお好み焼き屋に連れていってもらう。ありがとう!(love the lifeのHPは内容充実でおススメ!)
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