専門分野 計算化学
担当科目 無機化学II, 生化学II, バイオテクノロジー
昨年度の研究結果の要約
昨年度は、ホスホニウムカチオンとアンモニウムカチオンをそれぞれ抽出剤とした際の、Au(III)のみかけの抽出平衡定数を比較しました。その結果、一貫して、ホスホニウムカチオンは対応するアンモニウムカチオンよりも高い抽出平衡定数を示すことがわかりました。これは、ホスホニウムカチオンが対応するアンモニウムカチオンと比較して、より安定な会合体を形成することに加え、計算値から予測されるホスホニウムカチオンの疎水性が対応するアンモニウムカチオンの疎水性よりも高いことも一つの要因であると考えられます。
研究テーマ
現在実施している研究テーマは以下の通りです
① 貴金属をターゲットとした、抽出剤の抽出性能予測モデルの開発
抽出剤設計において、事前に計算から抽出剤としてのポテンシャルをスクリーニングできることで、最小限の実験から、有用な抽出剤の発見に結びつくことが期待できます。本研究では、貴金属元素を対象として、種々のパラメータから、貴金属の抽出平衡定数の予測を定量的に行うことを目的としています。
本研究はJSPS科研費 JP22K21334、並びに、競輪とオートレースの補助事業の助成を受けたものです。
2022-2023年度 JSPS科研費 研究活動スタート支援
「電子構造論に基づく貴金属回収に有効な抽出剤スクリーニングモデルの構築」
2024年度 競輪とオートレースの補助事業
「ホスホニウムイオン液体に最適化された抽出性能予測モデルの開発とその有効性評価」
② 種々のイオン液体を抽出剤とする、電気化学的にも安定な新規抽出剤の探索
イオン液体はカチオンとアニオンのみから構成される、室温で液体の塩です。蒸気圧が限りなく0に近い特性から、揮発することなく繰り返し利用できる、グリーンな溶媒として、注目されています。貴金属の多くは、酸の中でアニオンとしてふるまうことが知られており、イオン液体のカチオンを適切に制御することで、イオン液体に貴金属を濃縮することができます。また、イオン液体はそれ自身が導電性を持つため、電気化学的に安定なイオン種を選択することで、電解精錬の場としても機能させることができます。本研究では、貴金属を濃縮する能力が高く、かつ、電気化学的にも安定なイオン液体の探索を目的としています。
本研究はJSPS科研費 JP24K15365、並びに、国電力技術研究財団 試験研究助成金の助成を受けたものです。
2024年度 中国電力技術研究財団 試験研究助成金
「電子構造論に基づく、抽出―電解プロセスに適応可能な新たなイオン液体の探索」
2024-2026年度 JSPS科研費 基盤研究(C)
「抽出剤の性能予測モデルに基づいた新規イオン液体の合成と貴金属の相互分離への応用」
③ 種々のパラメータの正確な算出を目的としたベンチマーク
実験テーマ①の内容に関連しますが、種々のパラメータを検討するにあたり、パラメータの算出値そのものが正確である必要があります。そのため、複数の基底関数とDFT汎関数を対象として、「どれだけ計算リソースを削減しても正確性を損なわないか」を中心として検討しております。
研究内容
一般に塩(えん)の多くは、極めて高い温度のもとでなければ液体状態をとりません。これは、カチオン※1とアニオン※2の間の相互作用が極めて強固なためです。そのため、強い温度を与えないと、カチオンとアニオンが自由に動き回ることができません。ですが、カチオンとアニオンの構造に工夫を施す※3ことで、イオン間の相互作用を低減させることができます。そのようにすることで、融点を室温以下まで下げることも叶います。このような、室温以下であるにもかかわらず、溶融している塩のことをイオン液体と呼びます。このイオン液体たちの応用先を考えることが、我々の大きな目標です。
イオン液体は、蒸気圧が限りなく0に近いという特徴を持ちます。このことから、揮発することなく、繰り返し利用できる点で環境に対してグリーンな溶媒であると言えます。
現在は、貴金属元素※4の溶媒抽出試薬として、イオン液体を活用することを検討しております。溶媒抽出とは、混ざり合わない2相(例えば、水と油)の間における、錯体の安定性の差を利用して、片方の相にターゲットとなる金属や分子を濃縮する技術です。この検討では、イオン液体を有機溶媒に希釈して用いるので、厳密なことを言えば、イオン液体というよりは、単なる有機塩として機能しているとも言えます。ですが、この検討はイオン液体で行うことに意味があると考えています。イオン液体はカチオンとアニオンの相互作用を適切に制御した結果、イオン液体たり得ています。つまり、金属とイオン液体のカチオン(あるいはアニオン)との間の錯生成(あるいは会合体形成)反応が、強すぎず弱すぎない適切な相互作用のもとで進行することが期待できます。現在は、様々なイオン液体(結果的に固体になってしまったものも含む)を溶媒抽出試薬として用いて、Au(III)の溶媒抽出試験を実施し、どのような因子が抽出のしやすさを規定しているのかについて、調べています。
イオン液体は、カチオンとアニオンの組み合わせで物性を自由に調節できることから、デザイナー溶媒とも呼ばれています。いずれは、イオン液体そのものが水と分相し、しかも金属はイオン液体に抽出される仕組みを開発することを目標としています。
※1 カチオン: 正の電荷をもつイオンのこと
※2 アニオン: 負の電荷をもつイオンのこと
※3 カチオンとアニオンの構造に工夫を施す: 具体的には、カチオンは少しかさ高い構造を持たせることが特に有効とされています。アニオンについては、電子が一点に集まらない(非局在化)した構造が好ましいとされています。
※4 貴金属元素: 白金族元素(ルテニウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、イリジウム、白金)に、金、銀を追加した総称。総じて価格が高く、都市鉱山からのリサイクルが求められています。
当研究室の特徴
当研究室では、実験結果だけでなく、計算化学の結果もサポートする形で、研究を進めるようにしています。この比重は研究テーマや学生の希望によっても依存します。実験が苦手なら、計算を増やせばいいし、計算が苦手なら実験を増やせばいいとしており、テーマの途中で比重を変更するケースもあります(本人と教員の間で必ず同意を取ります)。また、テーマ間で実験データや計算データのやり取りをすることも、良しとしております。何よりも重要なことは、実験だけ、あるいは計算だけではなく、どちらの視点も少しは持ち合わせておくことだと考えております。いろんな視点で自身の研究を眺めることで、視野をなるべく広く持つことに寄与すると考えております。基本的にはGAUSSIANと呼ばれる量子化学計算ソフトウェアを中心に用いますが、場合によってはQ-Chem※5(量子化学計算ソフトウェア)や、SPSS※6(統計解析ソフトウェア)といった、異なるソフトウェアに触れる機会もあります。
※5 Q-Chem: GAUSSIANと計算できるものは非常に類似していますが、GAUSSIANよりもより細かな計算手法を用いることができます。ただ、少し計算の入力が難しいため、慣れが必要です。
※6 SPSS: 特に多変量解析に用います。多変量解析とは、複数の変数を持つデータを統計処理する手法です。現在は特に、実験値を計算値側で推定するための予測手法開発に用いています。
学生に向けて
比較的自由度の高い研究室運営を心がけています。ですが、高い自由度の獲得のためには、しっかりとしたデータも必要です。1週間から2週間のスパンで、「ここまでを頑張ろう」を設定し、実際に測定・計算を行って解析を行ってもらいます。その内容をもとに、次のスパンの「ここまでを頑張ろう」が設定されます。テーマによっていろいろな装置を触りますので、もしかすると覚えることが多いかもしれませんが、何度でも聞いてください。教員として、何度でも聞いていい安心感を提供することに努めたいと思っております。曖昧な理解でよくわからず装置を触ったり、実験したりすることに比べれば、何度だって聞く行為はよっぽど建設的で、前向きな行動だと捉えています。卒研はしんどいこともありますが、一緒に勉強していって、知見を深めていきましょう。
謝辞
本研究は、科学研究費助成事業(科研費)、競輪とオートレースの補助事業、公益財団法人 中国電力技術研究財団の支援の下、実施しております。関係各位に深く御礼申し上げます。
競輪とオートレースの補助事業(https://www.jka-cycle.jp/)

科研費(https://www.jsps.go.jp/j-grantsinaid/)

公益財団法人 中国電力技術研究財団(http://www.gr.energia.co.jp/etrfc/)